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Dear Mama — 2Pac 和訳・スラング解説

アーティスト
2Pac
リリース年
1995
プロデューサー
Tony Pizarro
収録アルバム
Me Against the World
エリア
LA
BPM
82
サンプル元
Joe Sample "In My Wildest Dreams" (1978) + The Spinners "Sadie" (1975)

この記事の見どころ

  1. 01 「クラック中毒でも、お前は黒人の女王だった」——矛盾をひとつの真実として語るAAVEの詩
  2. 02 beef・slangin'・sell rocks など、ストリートスラングがそのまま愛の語彙になる瞬間
  3. 03 Joe Sample の哀愁ピアノと The Spinners のフックをつなぎ合わせた Tony Pizarro のプロダクション

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元ネタ

解説

■クラック中毒者でも、黒人の女王だった

「Dear Mama」がリリースされたのは1995年2月9日。2Pacが性的暴行の有罪判決を受けて収監された、その同じ月だ。刑務所の中から全米チャートを駆け上がったアルバム『Me Against the World』の先行シングルとして届けられたこの曲は、ギャングスタ・ラップの語彙をそのまま使いながら、母への感謝を書いた異色作です。クラック中毒・福祉・ゲットー・収監、普段は「問題家庭」の文脈で語られるワードが、愛の言語として並んでいる。その逆転がどこから来るのかを、表現単位で読んでいきたいと思います。

この記事では、beef・crack fiend・slangin'・sell rocks・pour out liquor など、ストリートスラングと African American Vernacular English(アフリカ系アメリカ人英語)。黒人コミュニティ内で発展した英語の変種で、独自の文法・音韻・語彙を持つ (アフリカ系アメリカ人英語)の文法現象を「学ぶ表現」として取り出していきます。英語が苦手でも、まず用例を音で追ってから日本語解説に進めば置いていかれません。

ストーリーの流れ

曲は「You are appreciated(感謝しています)」というシンプルなイントロから幕を開ける。いきなり感謝から入るのに、Verse 1の第一声は「母ちゃんとの確執(beef)」。この落差が、この曲のリアルさだ。

Verse 1は2Pacの少年時代の自伝。停学・路上追放・仲間との犯罪・刑務所から母への電話、過去の自分を裁くことなく、ただ事実として並べていく。そして「クラック中毒でも、お前は黒人の女王だった」という一行で、Verse 1全体が反転する。自己告白の章が、突然この上なく美しい賛辞になる瞬間です。

Chorusは Reggie Green と Sweet Franklin というゴスペル歌手が担当。「Lady, don't you know we love ya / Sweet lady, place no one above ya」。2Pacのストリートのラップと、このソウルフルな歌いかけが交互に来ることで、曲の感情の振れ幅がぐっと広がっています。

Verse 2は、父親の不在と仲間との日々の話。父への複雑な怒り、麻薬を売ることで母に仕送りをした話、母が台所で残り物をかき集める光景。愛の形が、ここでは具体的な生活の場面として書かれている。

Verse 3は「Pour out some liquor(追悼の一杯)」から始まる懐古と希望の章。「夜を乗り越えられれば、明日は明るい日が来る」。ゴスペルの言語がここで出てくる。収監中の自分から、外で一人で暮らす母へ向けた、せいいっぱいの励ましです。

※本ページは批評・教育目的で、解説に必要な範囲の断片のみを引用しています。全歌詞の対訳は掲載していません。

学ぶ表現 — スラング・AAVE・韻

各見出しは「この曲から学べる英語表現」。上の英語用例(1〜2行)を先に音で追い、行のどこが学習対象かを確かめてから下の日本語解説に進んでください。マイクはリリックを担当するMC、▶は公式PVの該当箇所への頭出しリンク(秒数は概算)です。

had beef — 「確執」をたった一語で

★ スラング
2Pac(Verse 1) ≈0:17

When I was young, me and my mama had 対立・恨み・揉め事。ヒップホップで「誰かとの争い・確執」を指すスラング

幼い頃、俺と母ちゃんの間には確執があった

▶ Verse 1の第一行、曲が始まってすぐのところ。

上の一行、行の末尾にある beef が学習ポイントです。本来は「牛肉」ですが、ヒップホップでは 「誰かとの対立・揉め事・確執」を指すスラングとして定着した。have beef with ~ で「~と揉めている」、squash the beef で「和解する」と使います。

この曲が「母への愛と感謝」を歌いながら、その第一声が「確執があった」という告白から始まるのが面白い。美化せず、ケンカした事実から入る。だからこそ、後から出てくる感謝の言葉が嘘くさくならない。この出だしの選択には唸りました。

語法 — どう使うか ▼

beef は名詞でも動詞でも使う。名詞: I got beef with him(あいつと揉めてる)。動詞: Why you beefin'?(なんで争ってんの?)。現代では日常英語にも浸透し、What's your beef?(何が不満なの?)という言い方でも通じる。

★ 聴きどころ

crack fiend, Mama / You always was a black queen — 矛盾を同時に真実にする

2Pac(Verse 1) ≈1:22

And even as a クラック・コカインの中毒者。当時の黒人コミュニティを壊滅させたドラッグ禍の象徴語 , Mama
You always was a 黒人の女王。Black Power運動・ブラック・プライド文脈での女性への最高の賛辞 , Mama

クラック中毒者だったとしても、ママ/お前はいつだって黒人の女王だった、ママ

▶ Verse 1の後半、曲がここで反転するポイント。

この曲いちばんの行です。2行あって、1行目の中ほどに crack fiend(クラック中毒者)、2行目冒頭から You always was a black queen(お前はいつも黒人の女王だった)。

even as ~ は「〜であっても」という逆接の表現。「クラック中毒者であってさえも、黒人の女王だった」。この逆接が、アメリカ社会が母に貼り付けたスティグマを全部引き受けたうえで、それを超えた場所から愛を語っている。裁かない。否定もしない。事実として認めたうえで、なお。

文法的に気になるのが you always was。標準英語なら you always were のはずが、ここでは was。これはAAVEの "invariant was" と呼ばれる特徴で、主語の人称・数に関わらず過去形を was に統一する。「文法の間違い」ではなく、それ自体が一つの文法体系の表れです。

語法 — どう使うか ▼

Invariant was(不変のwas): AAVEでは過去形の be 動詞を人称・数にかかわらず was に統一することがある。We was thereThey was tiredYou was right のように。標準英語の were にあたる位置に was が来る。

black queen は、Black Power・ブラック・プライド運動の文脈で生まれた敬称。白人中心の美的価値観を拒否し、黒人女性を「女王」として讃える言葉。この曲でのその使い方は、当時のアメリカ社会が「問題のある母親」として見ていた人物への、最大限の反論になっている。

tryin' to raise a man — raise の意味幅と ain't

★ AAVE文法・語法
2Pac(Verse 1) ≈1:31

For a woman, it is not / are not のAAVE・口語形。否定の最もカジュアルな言い方 easy tryin' to raise a man

女の身で、男を育て上げるのは簡単じゃない

▶ Verse 1の締めちかく、2Pacが「ようやく理解した」と言う件。

行の中ほど、it ain't easy tryin' to raise a man、ここが学習ポイントです。ain'tis not の口語・AAVE形。it isn't easy と同じ意味ですが、より直接的でリズムが乗る。

面白いのは raise a man という言い方。「子どもを育てる」なら raise a child でいいはず。あえて man(男・大人の男性)と言うことで、「ただ生存させるだけでなく、尊厳ある人間として育て上げる」という重みが乗ってくる。しかも前置きが「女の身で(for a woman)」。性別と貧困とシングルという三重の困難を、こんなに少ない言葉で積んでいます。

tryin' to ~trying to ~ の短縮形で、「〜しようとしている」。ラップで聴いた時に tryna(トゥライナ)に聞こえることも多い(tryin' to の連結発音)。

語法 — どう使うか ▼

raise: 「育てる」の意。raise a child / raise kids / raise a family と使う。bring up とほぼ同義だが、raise のほうが米語で一般的。ここでの raise a man は「その子を自立した男性として育て上げる」という完成形のニュアンスが乗る。

ain'tam not / is not / are not / has not / have not すべてをカバーできる否定形。特にAAVEと南部英語で頻出。I ain't going(行かない)、It ain't easy(簡単じゃない)のように使う。

poor single mother on welfare — welfare が持つスティグマ

★ スラング・文化
2Pac(Verse 1) ≈1:40

A poor single mother on 生活保護・社会福祉給付。1980-90年代のアメリカで黒人コミュニティへの偏見と直結した語 , tell me how you did it

生活保護を受ける貧しいシングルマザー、教えてくれ——どうやって乗り越えたんだ

▶ Verse 1の終盤、2Pacが母の境遇を言葉にする件。

行の中ほど、on welfare という言い方に注目してください。welfare(ウェルフェア)は生活保護・社会福祉給付のこと。

レーガン政権期のアメリカ(1980年代)は「福祉依存」を激しく批判する言説が強まり、welfare queen(税金を食い物にする怠け者という蔑称)という言葉が黒人シングルマザーへの偏見として使われ続けた。つまり on welfare は、貧しいというだけでなく、社会的スティグマ(烙印)を背負う状態を指す語として機能していた。2Pacはその語をそのまま使い、「こんな状況でよく育ててくれた」と問い直す。行末の tell me how you did it(どうやったか教えてくれ)は修辞的な問いかけ。答えを求めているのではなく、「俺には想像もできない」という驚嘆の表れです。

語法 — どう使うか ▼

on welfare: 生活保護を受けている状態。be on welfare / go on welfare と使う。welfare は広義では「福祉・幸福」を指すが、米口語では特に政府給付(food stamps, housing assistance など)を指すことが多い。現在は public assistance という言い方が好まれる場面も増えている(welfare という語自体に偏見が染み付いているため)。

place no one above ya — Chorus の言語とゴスペルの感覚

★ 表現・語法
Reggie Green & Sweet Franklin(Chorus) ≈1:53

Sweet lady, place no one above ya (You are appreciated)

やさしい女よ、あなたの上に誰も置かない(あなたに感謝します)

▶ Chorus。Reggie Green と Sweet Franklin が歌うソウルフックの核。

行の前半、place no one above ya が学習ポイント。place ~ above … は「〜を…より上位に置く」という表現で、put ~ above … と同義。place no one above ya で「あなたより上の人間は誰もいない」、最高の存在として讃える言い回しです。

yayou の口語短縮形。フックの歌詞によく出てくる軽い発音。Reggie Green と Sweet Franklin という、ヒップホップではなくゴスペル・ソウル側から来た歌手が歌うことで、この一行がグッと温かみのある質感になっています。2Pacのラップだけだったら絶対にこの音にはならない。

括弧の中の You are appreciated はイントロの言葉の繰り返し。「感謝しています」という一語が、ラップとゴスペルを行き来しながら何度も戻ってくる。この反復が曲の感情を積み上げていく設計です。

語法 — どう使うか ▼

place A above B: AをBより重要・高い位置とみなす。She places family above everything(彼女は家族を何より優先する)のように使う。put より若干フォーマル・詩的な語感。

appreciate: 「感謝する・価値を認める」。You are appreciated のように受動態にすると「あなたの存在・努力は正しく評価されている」というニュアンスが加わる。

I started slangin' — 動詞化したスラング

★ スラング
2Pac(Verse 2) ≈2:20

I needed money of my own, so I started 麻薬を売ること。slang を動詞として使う

自分で金が必要だった、だから麻薬の売人を始めた

▶ Verse 2前半、家を出て一人になった2Pacが麻薬売りを始める件。

行の最後、slangin' が学習ポイント。slang は名詞(俗語)としてお馴染みですが、ストリートでは動詞として「麻薬を売る」という意味でも使う。slangin'slanging の短縮形で、進行形が「〜を常習的にやっている」という状態を表します。

文構造としては I needed X, so I started Y という因果の形。「金が必要だったから麻薬を売り始めた」。理由も行動も一行に収まる、ラップ的な情報圧縮の典型例です。これを使えば英語でも因果関係を素早く表現できる。

語法 — どう使うか ▼

slang(動詞): 麻薬を売る。slang drugs / slang rocks / slang on the corner のように使う。slanging(現在分詞)で進行・習慣を表す。売る量や品目を付けて slang crack / slang weed とも言える。

I sell rocks / put money in your mailbox — rocks と郵便受けへの仕送り

★ スラング・文化
2Pac(Verse 2) ≈2:30

I ain't guilty, 'cause even though I sell クラック・ロックス。クラック・コカインを固形化したもの。1980-90年代のインナーシティを席巻した安価なドラッグ
It feels good puttin' money in your mailbox

俺に罪はない、たとえロック(クラック)を売っていても/お前の郵便受けに金を入れるのは気持ちいい

▶ Verse 2中盤。上下2行で1セット。

上の行の末尾、rocks が学習ポイント。rocksクラック・コカインを固形化したもの。1980年代後半から90年代にかけて安価に出回り、インナーシティの黒人コミュニティを壊滅させた。crack rocks とも言い、sell rocks でクラックを売ることを指します。

面白いのは下の行、it feels good puttin' money in your mailbox(お前の郵便受けに金を入れるのは気持ちいい)。違法で稼いだ金で母に仕送りする、道徳的には複雑な場面を、2Pacは「気持ちいい」とだけ言う。弁解しない。その潔さが、かえって切ない。行頭の I ain't guilty(罪はない)も、法的な無罪主張というより「母を助けるためだから間違いじゃない」という内面の整理として読める。こういう道徳的な複雑さをそのまま書けるのが、この曲の強さだと思います。

語法 — どう使うか ▼

rocks: クラック・コカインの別名。形状が岩(rock)に似ていることから。hardcrackbase と呼ばれることもある。sell rocks / push rocks / move rocks で「クラックを売る」を意味する。

put money in one's mailbox: 物理的に郵便受けに現金・小切手を入れる行為。家族への仕送り・生活費援助を指す。デジタル送金のない時代の、ゲットーらしい愛の形。

workin' with the scraps you was given — invariant was と貧困のメタファー

★ AAVE文法
2Pac(Verse 2) ≈2:53

You just workin' with the 端切れ・余り物・残飯。ここでは与えられた貧しいリソースを指す比喩 you was given
And Mama made miracles every Thanksgivin'

お前はただ、与えられた端切れ(scraps)で働いていた/そしてママは感謝祭のたびに奇跡を作り出した

▶ Verse 2の後半、台所での母の姿を思い出す件。

上の行の中ほど、scraps you was given、ここに二つの学習ポイントがあります。まず scraps(端切れ・余り物)。縫い物の残り布、肉屋が捨てる切れ端。本来「使い物にならない残り物」を指す言葉が、ここでは「お前に与えられたわずかな金・機会・時間のすべて」という比喩になっている。

もうひとつは you was given。標準英語なら you were given のはず。ここでも Verse 1 と同じく AAVEのinvariant was が現れています。2Pacの語り口の一部として一貫している。

下の行の Mama made miracles every Thanksgivin' が効いている。感謝祭(Thanksgiving)は北米最大の家族行事で、豪華な食事が定番。それを貧困の中でも「奇跡を作り出していた」と言う。この具体性(感謝祭、という日付・行事)があるから、読んでいてグッと来ます。

語法 — どう使うか ▼

scraps: 余り物・端切れ。table scraps(食卓の残り物)、fabric scraps(布の端切れ)。転じて「わずかなリソース・チャンス」を指す比喩として使う。make something out of scraps(残り物から何かを作る)。

work with what you're given: 与えられた条件の中でやりくりする、という慣用的な言い方。制約の中で最大限やる状況を表す。

Pour out some liquor and I reminisce — 追悼の一杯

★ 文化・表現
2Pac(Verse 3) ≈3:20

Pour out some liquor and I reminisce

追悼に酒を注ぎ、俺は思い出に浸る

▶ Verse 3の冒頭、最終章の扉を開く一行。

行の冒頭、pour out some liquor が学習ポイントです。これは libation(リベーション)、亡くなった人、または苦労した人への敬意として飲み物を地面や空へ注ぐ行為。アフリカ由来の追悼文化がアメリカの黒人コミュニティに根付き、1990年代のヒップホップでは「Pour one out for ~」(〜のために一杯注ぐ)という定型句として広まった。

ここで興味深いのは、母はまだ生きているのにこの行為をするということ。死者への追悼ではなく、苦労を重ねてきた人への「お疲れ様」の意味合いで使われています。Verse 3はここから懐古モードに入っていく。reminisce(レミニス、懐かしく思い出す)という動詞も一緒に覚えておきたい。ラップでよく出てくる語です。

語法 — どう使うか ▼

pour one out(for ~): 〜のために追悼の酒を注ぐ。Pour one out for the homies(亡くなった仲間に一杯)が定番フレーズ。今ではミーム的にも使われ、「〜に哀悼の意を」という軽めの用法もある。

reminisce: 過去の良い思い出を懐かしく思い出す。reminisce about childhood(子どもの頃を懐かしむ)のように使う。ヒップホップで「懐古」「回想」を表す文脈でよく出てくる動詞。

make it through the night, there's a brighter day — ゴスペルが乗り移る瞬間

★ イディオム・文化
2Pac(Verse 3) ≈3:48

If you can 乗り越える・生き抜く。困難な状況を抜け出すことを指すイディオム the night, there's a brighter day

夜を乗り越えられれば、明るい日が来る

▶ Verse 3の後半、曲が終わりに向かう場面。収監中の息子から母への言葉。

行の前半、make it through the night が学習ポイント。make it through ~ は「〜を乗り越える・生き抜く」を意味する 慣用表現。複数の語が組み合わさって、個々の語の意味とは異なる固定した意味を持つ表現 (慣用句)。make it through the winter(冬を越す)、make it through hard times(苦しい時期を乗り越える)のように使います。

there's a brighter day(より明るい日がある)という表現は、ゴスペル音楽の定番フレーズ。暗闇の後に光がある、という希望の語り方はキリスト教的な文脈から来ています。2Pacはストリートの語彙で書きながら、終盤でこういうゴスペルの言葉を使う。それがこの曲の感情の幅の広さを作っています。

この行は、収監中の2Pacが一人で頑張っている母に向けて書いた励ましです。「頑張って、必ず良くなるから」という言葉は、状況によっては空虚に聞こえることもある。でも息子が刑務所から送ってくる言葉として読むと、また別の重さが宿る気がします。

語法 — どう使うか ▼

make it through ~: 〜を切り抜ける・乗り越える。make it through the night(夜を越す)、make it through the week(今週を乗り越える)。get through とほぼ同義。

brighter day: 「より良い明日・より明るい日々」。ゴスペル・R&B・ソウル音楽では定番の希望表現。There will be a brighter day(必ず良い日が来る)という文脈で使われることが多い。

文化的背景

アフェニ・シャクール

ブラック・パンサー党員が一人で育てた息子

アフェニ・シャクール(1947〜2016)は、1960年代末のブラック・パンサー党(Black Panther Party)の活動家で、爆発物取り扱い等の重罪で起訴された経歴を持つ。しかしいわゆる「パンサー21事件」では陪審が3時間足らずで全員無罪の評決を出した。

2Pacが生まれた1971年の段階で、彼女はすでにその戦いのど真ん中にいた。クラック・エピデミックが始まった1980年代後半、アフェニも依存症に苦しんだ。

この曲で2Pacが「crack fiend」と言うのは、誇張でも比喩でもなく事実の描写だ。それでも家を離れず、子どもたちを育て続けた。その矛盾した強さと弱さを、2Pacは「黒人の女王」という言葉ひとつに収めた。

クラック・エピデミックと黒人コミュニティ

1980–90年代のインナーシティを壊滅させた波

クラック(固形コカイン)は粉末コカインより大幅に安く、1980年代半ばにニューヨーク・ロサンゼルスなど大都市のインナーシティに急速に広まった。家庭崩壊・親の依存・子どもの貧困。「Dear Mama」が描く世界は、このエピデミックの直撃を受けた家庭の実像です。

当時の政策はこの問題を「個人の道徳の失敗」として扱い、取り締まり強化と福祉削減が同時に進んだ。「sell rocks」「on welfare」「single mother」。この曲に出てくる言葉は、すべてその構造の中に置かれた家庭の言語だ。

キーワード早見表

この曲で学んだ語彙の整理

beef 対立・揉め事。have beef with ~ で「〜と揉めている」
crack fiend クラック・コカインの中毒者。実際にアフェニが苦しんだ事実の描写
black queen ブラック・プライド文脈での女性への最大の賛辞
ain't is not / are not のAAVE・口語形。ain't easy = it's not easy
welfare 生活保護。黒人シングルマザーへの偏見と直結した語
slangin' 麻薬を売ること(slangの動詞化)
rocks クラック・コカインの固形。sell rocks = クラックを売る
scraps 余り物・端切れ。貧困のリソースを指す比喩
pour out liquor 亡き人や苦労した人への敬意として酒を注ぐ追悼の行為
make it through 乗り越える・生き抜く(イディオム)

サンプル・制作の裏側

サンプル元①

Joe Sample "In My Wildest Dreams"(1978)

曲の柱になっているメロウなピアノ・ループは、ジャズ・フュージョンピアニストのJoe Sampleが1978年に発表した「In My Wildest Dreams」から取られている。Crusadersのメンバーとしても知られるSampleのしなやかなピアノは、もとの曲でも非常に穏やかで温かい音色だ。

それをTony Pizarroがループさせることで、2Pacのリリックが乗る感情の床が生まれた。元ネタを聴いてから「Dear Mama」を聴くと、あのピアノの温かさが全然変わっていないことに気づく。

サンプル元②

The Spinners "Sadie"(1975)

フックを歌う Reggie Green と Sweet Franklin の声と絡み合うコーラス部分には、フィラデルフィア・ソウルグループ The Spinners の1975年楽曲「Sadie」のサンプルが使われている。「Sadie」自体も The Spinners が母への感謝を歌った曲で、「Dear Mama」の文脈とぴたりとリンクしている。

意図してかどうかはともかく、「母への歌」が「母への歌」のためのサンプルになっているのは妙に納得感がある。

プロデューサー

Tony Pizarro — ソウルの温度を保ったまま

Tony Pizarroはデス・ロウ・レコード時代の2Pacを支えたプロデューサーのひとり。この曲では、Joe SampleとSpinnersの素材を繋ぎ合わせながら、ハードなドラムを足しすぎず、温かみを保つことを優先した作り方をしている。

ギャングスタ・ラップのプロダクションにありがちな攻撃性を意図的に抑えることで、歌詞の感情的な振れ幅がそのまま届く空間が生まれた。引き算で勝つタイプのビートだと思います。

評価とその後の影響

指標
記録
メモ
US Billboard Hot 100
最高9位
2Pacとして最も高いポップチャート成績のひとつ
US Hot Rap Songs
5週連続1位
ラップチャートでは文句なしの頂点
US Hot R&B/Hip-Hop Songs
最高3位
R&Bリスナー層にも広く届いた
第38回グラミー賞(1996年)
Best Rap Solo Performance受賞
ヒップホップにとって母への愛が公式に認められた瞬間

後世への影響

ストリートの言葉で「母への愛」を語っていいと証明した曲

「Dear Mama」以前のヒップホップで、母親をここまでストレートに讃えた曲はほとんどなかった。ギャングスタ・ラップの文法は強さを誇示するためにあり、脆弱さや感謝を歌うのは文化的に難しいとされていた。

この曲がヒットしたことで、「ストリートのリアルと母への愛は共存できる」ということが証明された。そのインパクトは大きかったと思います。

2Pac死後も、母への感謝を歌うヒップホップのトラディションは続いている。Kanye Westの「Hey Mama」(2005)、Jay-Zの数々の楽曲での母への言及。その流れの早い側にいた一曲が、この1995年の「Dear Mama」だと思います。

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2Pac

まとめ

  • beef・slangin'・sell rocks など、ストリートスラングが愛の語彙として機能する。それがこの曲の英語学習としての面白さです。
  • 「crack fiend でも black queen だった」。AAVEの invariant was を使いながら、矛盾を真実として語る。この一行のために全曲がある。
  • Joe Sample と The Spinners という二つのソウル素材を繋いだ Tony Pizarro のプロダクションは、ハードなラップの下で終始温かみを保ち続けた。
  • Billboard Hot 100で9位、グラミー賞受賞。刑務所から届いた手紙が、ヒップホップ史に残った。

もっと深く

背景を読む

制作の裏側・時代背景・評価の詳細は、各コラムで掘り下げている。

アーティストについて

2Pac

East Harlem, New York (raised in Baltimore & Marin City, CA) · 1991–1996

Tupac Amaru Shakur(1971–1996)。Black Panther Party活動家の母Afeni Shakurのもとに生まれ、ストリートと詩の両方を生きた。服役中に全米チャート1位を達成し、1996年9月に26歳で銃撃により死去。死後も数十枚のアルバムが発表され続けるヒップホップ史上最も影響力のある人物のひとり。

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