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Fast Life — Kool G Rap feat. Nas 和訳・スラング解説

アーティスト
Kool G Rap feat. Nas
リリース年
1995
プロデューサー
Buckwild
収録アルバム
4,5,6
エリア
NY
BPM
90
サンプル元
Surface "Happy" (1986)

この記事の見どころ

  1. 01 クイーンズの二大MCが1995年に作り上げたマフィオソ・ラップの傑作
  2. 02 fishscales / triple beams・payola・life of Rileyなど、ストリートとクラシックが混在する語彙
  3. 03 NasのVerse 2に凝縮されたAAVE habitual beと犯罪文化の固有語彙

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解説

■スカーフェイスの亡霊と、二人のクイーンズ

曲は映画『スカーフェイス(1983)』のトニー・モンタナの台詞から始まる。「ニューヨークからシカゴ、L.A.へ。我々は自分たちのマーキングを作り、それを守らなければならない」。このひとことだけで、曲の世界観がドンと押し付けられてくる感じがある。そして Kool G Rap と Nas、クイーンズ(Queens)出身の二人が、コカインと拳銃とシャンパンを手に、架空のマフィア帝国を言葉で構築していく。

Kool G Rap は Corona, Queens 出身。マフィオソ・ラップ(mafioso rap)というジャンルを90年代前半に一人で切り拓いたと言っていい人物で、Nas、Jay-Z、Big Pun らが直接影響を受けたと公言している。一方の Nas はもちろん Queensbridge 出身。この曲は彼が『Illmatic(1994)』で世界を驚かせた翌年に録音されており、その余熱がそのままバースに乗っている。制作は Buckwild(Diggin' In The Crates Crew)。この記事は英語学習とヒップホップ理解の両面から読んでもらえれば。リリックには辞書に載らないドラッグ取引用語、英語古典イディオム、AAVE文法の使い分け、実在するマフィアの固有名詞が詰め込まれています。それぞれを「学ぶ表現」単位で掘り下げていきます。

■なぜ教材として面白いか

1995年リリース、アルバム『4,5,6』のトラック8。Buckwild が Surface の1986年R&Bソング「Happy」をサンプリングし、その甘いメロディの上にストリートの語彙を叩きつけるという対比が凄まじい。Kool G Rap はドラッグの密売用語と高級ブランド名を一行に並べる語彙の奇術師で、Nas は個人的な喪失と歴史的なギャングスターへの言及を短い行に圧縮する。「英語の語彙がどう二重三重に機能するか」を体感するには最高の教材の一つです(なんか、ヒップホップって本当に言語の実験場だと思う)。

ストーリーの流れ — まず曲全体をつかむ

個々の表現を掘る前に、まず曲が何を語っているかを大づかみしておきましょう。

Intro(Tony Montana)。映画のナレーションで幕を開ける。組織の拡大と「マークを作る」という宣言。これは実際に Scarface の台詞を使っており、マフィオソ・ラップの定番手法だ。ギャング映画のセリフをリリックに引用し、虚構の組織の威厳を借りる。

Verse 1(Kool G Rap)。シャンパンを飲み、リノのカジノで遊び、ジョルジオ・アルマーニを纏う。想像上のドラッグ帝国の絢爛な側面を描く。ただしそれを支えるのはコカインの密売と、裏切り者への暴力です。G Rap は豪華ブランド名と麻薬取引用語を一行に共存させることで、「成り上がりの夢」と「その代価」を同時に提示する。

Chorus。「アメリカン・ドリーム」というフレーズと、七桁の現金という具体的な数字。合法的な夢とストリートの夢を同じ一行に置く皮肉。

Verse 2(Nas)。G Rap の絢爛さとは対照的に、Nas のバースには個人的な傷が滲む。刑務所に送られた仲間たち、夜も眠れずに擦り切れたナイキを履いている現実、亡き仲間への黙祷(pour my beers)。それでもクリスタルを開けて撃ち合いをして、キング・ソロモンを気取る。その落差が、このバースの聴きどころなんですよね。

Verse 3(G Rap & Nas)。二人が交互に語り、「ブロックに立つことから桟橋の船まで」たどり着いたというサクセスの総括。ヴェーヴ・クリコとドン・ペリニヨンで乾杯し、カリブ海のスイートで過ごす。ただしそれが現実か夢かは、聴き手に委ねられたまま終わる。

※本ページは批評・教育目的で解説に必要な範囲の断片のみを引用しています。全歌詞の対訳は掲載していません。

学ぶ表現 — スラング・韻・言葉遊び・AAVE

各見出しは「この曲から学べる英語表現」。先に英語の用例を音で追い、行のどこが学習対象かを確かめてから日本語解説に進むと置いていかれません。

fishscales from triple beams — コカインの純度をはかる暗号語

★ ドラッグ取引用語
Kool G Rap(Verse 1) ≈0:20

With sales of 純度の高いコカイン。光を反射する鱗のような見た目から from トリプルビーム天秤。麻薬の重量を精密に計る計量器

トリプルビーム天秤で量る、最高純度のコカイン(フィッシュスケール)の売り上げで

▶ Verse 1の序盤、G Rap がドラッグ帝国の財源を一言で示す行。

まず上の一行を音で追ってください。学習ポイントは fishscalestriple beams の二語。fishscales(フィッシュスケール)は純度の高いコカインのスラングで、圧縮・加工前のパウダーが魚の鱗のように光を反射する外見から来た呼称です。triple beams(トリプルビーム)は三本の梁を持つ分銅式天秤のことで、ドラッグを0.1グラム単位で計量するのに使われていた。この二語を並べるだけで「コカインの密売業者が日常業務をこなしている」という情景が一気に立ち上がる。辞書を引いても絶対に出てこない語彙で、知らなければ「魚の鱗を天秤で売っている?」と首をひねるしかない。ヒップホップのリリックにおけるドラッグ用語は業界内の隠語でありつつ、詩的な物質性も持っていて、このあたりがラップの語彙学習の面白さです。

語法 — どう使うか ▼

fishscales は品質・純度を表す代名詞として機能し、ヒップホップでは「最高品質」という含意を持つ形容詞的な使い方もある。ただしこの文脈ではコカインそのものを指す名詞として使われている。

triple beams はヒップホップで「精密に仕事をしている」「プロフェッショナルにこなしている」という暗示としても機能する。計量器の登場=組織だったビジネスとしての薬物売買というコノテーションです。

livin' the life of Riley — 辞書にある表現がラップに現れる

★ 英語古典イディオム
Kool G Rap(Verse 1) ≈0:29

I gleam, livin' the 苦労なしに贅沢な生活を送ること。19世紀末のアメリカ英語に由来する古典的イディオム , packin' fifty cali's

煌めいて、何不自由ない贅沢な暮らしを生き、50口径を携帯している

▶ Verse 1序盤、G Rap が自分たちの生活を語る件。学習対象は行の中央付近。

行の真ん中、「livin' the life of Riley」が学習ポイント。これは実は19世紀末に生まれた古典的な英語の 複数の語が組み合わさって、各語の意味から類推できない固定の意味を持つ表現 で、標準的な英語辞書に載っている表現です。「苦労なしに贅沢で気ままな暮らしを送ること」という意味。面白いのは、G Rap がストリートスラングの海に、この古典的な書き言葉的表現を自然に混ぜ込んでいること。直後の「fifty cali's」(50口径拳銃を携帯)という完全なストリート語と並んでも、まったく浮かない。語彙の振れ幅が広い人間だけができる技です。

語法 — どう使うか ▼

live / lead the life of Riley は「贅沢でのんびりした生活を享受する」という意味のイディオム。live the high life(優雅な生活を送る)や live in the lap of luxury(贅沢三昧)と意味が近いが、Riley には「不当に/苦労なく」というニュアンスが少し乗る。ラップでは「俺たちはセレブリティと同じ生活水準に達した」という自慢として使われる。

なお gleam(煌めく・輝く)は G Rap 自身や装身具が光る様子を表し、直後の高級品・武器の列挙へのブリッジになっている。

payola / coke without the cola — 二重の意味を一行に埋める

★ 言葉遊び・ダブルミーニング
Kool G Rap(Verse 1) ≈0:50

Holdin' mad ①違法な賄賂・裏金(pay+ola=金銭的な謝礼)②コカインの売上金、のダブルミーニング , slangin' that coke without the cola

大量の賄賂(裏金)を握り締め、コーラ(重曹)抜きのコーク(コカイン)を売りさばく

▶ Verse 1終盤、G Rap が資金の蓄積と純粋なコカインの密売を語る件。

上の一行、二つの学習ポイントがある。まず行の前半 payola。これは1950〜60年代のアメリカ音楽業界で使われた「ディスクジョッキーに楽曲をかけてもらうための違法な賄賂」を指す実在の単語で(pay + ola で「金銭的な謝礼」)、それ自体が歴史的な業界スキャンダルに由来する。G Rap はここでそれを「ドラッグマネーから来る裏金」の意味に転用している。行の後半 coke without the cola はさらに巧みで、「cola(重曹)」はクラック・コカイン製造時に使われる物質(baking soda)の別称でもある。つまり「重曹で薄めていない純粋なコカイン」という意味。日用品の名前を隠語の部品として使う、G Rap 得意の手法です。

語法 — どう使うか ▼

payola は音楽業界では「不正な商業的賄賂(pay-for-play)」を指す技術語として実在するが、ヒップホップではより広く「賄賂・裏金・不正な収入」全般を指して使われる。

slang を動詞として使う(slangin' ~)のはAAVE的な転用。標準英語では「スラングを使う」という意味だが、ここでは「(ドラッグを)売りさばく、捌く」の意で使われている。slang drugs という用法はヒップホップでは定番。

American Dream / seven-figure cream — 夢と数字の皮肉な並置

★ フック・語彙
Kool G Rap(Chorus) ≈1:08

A team from out of Queens with the American Dream
So we're plottin' up a scheme to get the seven-figure cream

クイーンズから来たチーム、アメリカン・ドリームを掲げて/七桁の現金(100万ドル)を手にするための計画を練る

▶ Chorus(繰り返し)、曲の骨格となるフレーズ。2行で一組。

上は2行のコーラス。1行目American Dream(アメリカン・ドリーム)が学習の核心です。「努力すれば誰でも豊かになれる」というアメリカの建国神話的概念を、ドラッグの密売で成り上がろうとしている文脈に置いている。この皮肉が G Rap のリリックの鋭さなんですよね。「夢を叶えるためのスキームを練る」という行為自体は全くアメリカ的なのに、その手段はシステムの外側にある。2行目seven-figure(七桁)は $1,000,000〜$9,999,999 の数値範囲を指す。英語では収入・資産を「何桁か」で表現することが多く、six-figure salary(六桁の年収)、seven-figure deal(百万ドル規模の契約)のように使う。cream は Wu-Tang Clan の「C.R.E.A.M.」(1994)以降、現金・金を意味するスラングとして定着した語で、同じクイーンズを共有する G Rap と Nas にとって、もう一重に意味が濃い。

語法 — どう使うか ▼

figure を「桁」として使う表現は数字の大きさを表す実用的な英語語彙。in the six figures なら「6桁の範囲内で」、a four-figure sum なら「4桁の金額(1,000〜9,999)」。ビジネス・投資の会話でも頻出する。

where all my n***as be — AAVEの habitual be(習慣的be)

★ AAVE文法
Nas(Verse 2) ≈1:36

Mid-state and Green, it seems, is where all my n***as AAVE habitual be:習慣的・反復的な状態を表すbe。「いつもそこにいる」というニュアンス。通常のis/areとは意味が異なる

ミッド・ステート刑務所とグリーンヘイヴン、そこが俺の仲間たちがいつもいる場所だ

▶ Verse 2の序盤、Nas が仲間たちの居場所(刑務所)を語る件。行末の be が学習ポイント。

この行の最後、「…is where all my n***as be」。この be が今回の学習ポイントです。標準英語なら where all my people are となるところ、 African American Vernacular English:アフリカ系アメリカ人英語。独自の文法規則を持つ英語の変種 では be を使って習慣的・反復的な状態を表す。これを habitual be(習慣的be) と呼び、「一時的にそこにいる(is/are)」ではなく「いつもそこにいる・慢性的な状態だ」というニュアンスを乗せる。仲間たちが刑務所に繰り返し収監されるというサイクルを、たった一語 be に込めている。地名については:Mid-State はニューヨーク州の Mid-State Correctional Facility、Green は Greenhaven Correctional Facility を指す。どちらも Queensbridge から人が送られた代表的な州立刑務所です。固有名詞がそのままNYのストリートの地図になる。

語法 — どう使うか ▼

AAVEの habitual be は現在形でのみ使い、否定形は don't be。例: She be working late(彼女はいつも遅くまで仕事している)、They don't be here on Mondays(月曜日は彼らはいつもここにいない)。標準英語の She is working late right now(今まさに残業中)とは意味が違う点が重要で、be 版は「いつも」「習慣的に」というニュアンスが含まれる。

聞き取りのコツ:文中に主語の直後に be が来ていたら、標準的な be動詞(is/are の代わり)ではなく habitual be の可能性を疑う。文脈から「一時的か・習慣的か」を判断する。

pour my beers for my peoples — 亡き者への libation(献酒)

★ 文化的語彙
Nas(Verse 2) ≈1:58

Pour my beers for my peoples under the stairs

階段の下に身を潜める俺の仲間たちのために、ビールを注ぐ(捧げる)

▶ Verse 2中盤、Nas が仲間への哀悼を示す件。

短い一行だけど、この行に込められた意味は深い。pour my beers for my peoples。「仲間のためにビールを注ぐ」というのは、ヒップホップ・ブラックカルチャーに根付いた献酒の儀式、libation(リベーション)のこと。地面や特定の場所に酒を注いで、死者・収監中の仲間・苦しんでいる人々の魂に捧げる行為です。アフリカ起源の祖先崇拝の慣習がアメリカ黒人文化に受け継がれたもので、ヒップホップでは「pouring one out(一杯流す)」という表現でよく出てくる。under the stairs(階段の下)は隠れている状態、あるいは公営住宅の階段下というシェルターのない生活場所を暗示する。直前の行(刑務所の地名)と繋げると、仲間は刑務所か路上に追いやられている。その現実に対する哀悼の行為として、この一行が機能している。

King Solomon size / ghetto Wise Guys — 聖書とマフィアを同じ行に

★ 文化的参照
Nas(Verse 2) ≈2:15

It's Nas — seven hundred wives, 旧約聖書の王。700人の妻を持つとされ、富と知恵の象徴 size
We on the rise, me and G — ghetto マフィアの組員(Made Man)を指す隠語。映画「GoodFellas」の原題でもある

俺はNas——700人の妻を持つキング・ソロモン規模だ/俺たちは上昇中、俺とG——ゲットーのワイズ・ガイズ(マフィア)

▶ Verse 2後半、Nas が自らとG Rapのポジションを宣言する件。2行で一組。

上の2行、学習ポイントは1行目後半King Solomon size2行目末ghetto Wise GuysKing Solomon(キング・ソロモン)は旧約聖書の王で、700人の妻と300人の妾を持ったとされる「富と知恵の象徴」。「七百人の妻、キング・ソロモン規模」という表現は、無尽蔵の財力と影響力の誇示だ。ヒップホップで頻出の聖書引用は、ストリートの文脈と歴史的な権力の語彙を繋ぐ橋として機能する。一方 Wise Guys(ワイズ・ガイズ)はイタリア系マフィアの組員を指す隠語(映画「グッドフェローズ」の原題 "Wiseguy" にもなった)。ghetto Wise Guys と言うことで「イタリアン・マフィアに匹敵するゲットー出身の組織」という意味を作る。これがマフィオソ・ラップらしい身振りなんです。

Luciano, Frankie Yale, Bugsy Siegel — 実在したギャングスターたちの名前

★ 歴史・固有名詞
Nas(Verse 2) ≈2:22

The Lucky Luciano(本名 Charles Luciano)。アメリカン・マフィアを近代組織化した「犯罪の父」。1891–1962 , Frankie Yale(本名 Francesco Ioele)。禁酒法時代NYの主要なマフィア・ボス。1893–1928 , Bugsy Siegel(本名 Benjamin Siegel)。ラスベガスのカジノを開発した伝説的ギャングスター。1906–1947

ルチアーノ、フランキー・イェール、バグジー・シーゲル(実在したマフィアの大物たち)

▶ Verse 2の最後、Nas が実在のマフィア三人の名前を並べる件。

Nas が最後に並べるのは、三人の実在したギャングスターの名前です。Lucky Luciano(ラッキー・ルチアーノ)はイタリア系移民の息子で、1930年代にアメリカン・マフィアを近代的なシンジケートに再編した人物。「犯罪の父」とも呼ばれる。Frankie Yale(フランキー・イェール)は禁酒法時代のニューヨークを仕切ったマフィア・ボスで、若きアル・カポネの師匠でもあった。Bugsy Siegel(バグジー・シーゲル)は「ラスベガスの父」とも呼ばれ、砂漠にフラミンゴ・ホテルを建てた(その後、組織に殺された)。マフィオソ・ラップの定石は、こうした実在の犯罪者の名前を参照して自分たちを位置付けること。架空の組織に歴史的な重みを与えるための技術です。Kool G Rap と組んだ Nas がこれを歌う、その文脈が濃い。

Arm & Hammer / scramblers — ブランド名が隠語として機能する

★ スラング・ダブルミーニング
Kool G Rap & Nas(Verse 3) ≈3:08

Cookin' up grams with アメリカの重曹(baking soda)メーカーのブランド名。クラック・コカイン製造時に重曹を使うため、このブランド名がそのまま製造行為の隠語になった , supplyin' 末端の小売売人。組織から仕入れてストリートで個別に捌く下位の売人 in Alabama

アーム&ハンマー(重曹)でグラムを炊いて、アラバマの末端売人たちに供給する

▶ Verse 3中盤、二人が組織の供給網を語る件。

上の一行で学習ポイントは2つ。まず行の中央 Arm & Hammer。これはアメリカで有名な重曹(baking soda)メーカーのブランド名そのもの。クラック・コカインを製造する際に粉末コカインと重曹を煮溶かして固形化するという工程があり、そのためこのブランド名がそのまま「クラック製造の素材」「製造行為」の隠語として定着してしまった。ブランド名が隠語として転用されるパターンは G Rap の得意技で、「coke without the cola」と同じ手法だ。日常品の名前を犯罪行為の暗号に変えてしまう。行末の scramblers(スクランブラーズ)は、組織から仕入れてストリートで個別に売りさばく末端の小売業者的な売人を指す。ネットワーク全体の「供給と流通」を一行でさらっと示している。

語法 — どう使うか ▼

cook up(炊く・作る)は麻薬文脈では「クラックを製造する」の意でほぼ専用に使われる。一般的な英語での「cook up a plan(計画を練る)」「cook up a story(話をでっち上げる)」という慣用的用法とは別物。

supply を動詞で使う場合は supply + 人 + with + 物 または supply + 人 + 物 の語順。ここでは supplyin' scramblers (with product)、目的語の「商品」が省略されている。ヒップホップのリリックでは目的語の省略が多い(リスナーが文脈から補う前提)。

文化的背景

マフィオソ・ラップとは

Kool G Rapが切り拓いたジャンル

マフィオソ・ラップ(mafioso rap)は、イタリア系ギャング映画の語彙・美学をヒップホップのリリックに取り込んだサブジャンルで、Kool G Rap が1980年代後半から90年代前半にかけて開拓した。ディテールにこだわった犯罪叙述、実在するマフィアの名前や高級ブランド名の羅列、コカイン取引の精密な描写。これらを G Rap が定式化し、その後 Nas、Big Pun、Raekwon、Jay-Z の Reasonable Doubt(1996)などが引き継いでいく。

「Fast Life」は、ジャンルの創始者 G Rap と、次世代を担う Nas が並んだ歴史的な一曲です。

Corona & Queensbridge

クイーンズという出発点

G Rap は Corona, Queens 出身、Nas は Queensbridge Houses 出身。同じ区(boro)でも数マイル離れた全く異なる環境だが、両者ともニューヨーク市の公営住宅の洗礼を受けた世代です。1980〜90年代のクラック・エピデミックは Queens にも壊滅的な打撃を与え、Queensbridge は人口密度・犯罪率ともに全米最大規模の公営住宅プロジェクトとして知られた。

コーラス「A team from out of Queens」という一行は、単なる地元自慢ではなく、その地理的・社会的文脈を背負った宣言でもある。

キーワード早見表

この曲で学んだ表現の整理

fishscales 純度の高いコカイン。魚の鱗のように光を反射する外見から
triple beams ドラッグの計量に使うトリプルビーム天秤。精密業務のメタファーにも
life of Riley 苦労なしに贅沢な生活を送ること。19世紀末のアメリカ英語古典イディオム
payola 違法な賄賂・裏金。音楽業界スキャンダルが語源の実在語
seven-figure 七桁の数値=100万ドル以上。桁で規模を表す英語の一般的な表現
habitual be AAVEで習慣的・反復的な状態を示す be。標準英語の is/are とは意味が違う
libation 亡き者・苦しむ者への献酒の儀式。「pouring one out」として頻出
Wise Guys マフィア組員を指す隠語。映画「グッドフェローズ」原題でもある
scramblers 末端の小売売人。組織から仕入れて個別に捌く下位ディーラー

サンプル・制作の裏側

サンプル元

Surfaceの甘いR&Bと、犯罪叙述の奇妙な共存

Buckwild がこのビートに使ったのは、Surface「Happy」(1986年)。David Townsend、Bernard Jackson、David Conley の三名が書いたR&Bソングです。Surface(本名 Bernard Jackson)はニュージャージー出身のシンガーで、「Happy」はスムース・R&Bの典型的なメロウナンバー。

この甘い音像の上に、コカインとマフィアの語彙が積み重なっていく対比が、ある種の不気味さと豊かさを同時に生み出している。贅沢さの裏に暴力と死が貼り付いているというマフィオソ・ラップのテーマが、このサンプルの選択自体に体現されている。Buckwild(DITC = Diggin' In The Crates Crew)はこの手の「R&Bの甘さとハードコアの毒」の組み合わせが本当にうまかった。

イントロの意図

映画の権威を借りるという技術

曲冒頭の Tony Montana の台詞は映画『スカーフェイス(1983)』から引用されており、「組織を拡大し、自分たちのマーキングを作れ」という内容。マフィオソ・ラップにおいて映画の台詞を冒頭に置くのは定番の手法で、虚構のギャングスター映画の言語体系を自分たちのリリックに移植し、「俺たちは映画のキャラクターと同じ世界にいる」という虚構の重みを演出する。

Scarface の人気は現在も続いており、特に90年代のヒップホップ文化においては一種の「バイブル」的な位置を占めていた。G Rap と Nas が並んでこれをやると、迫力が別格になる。

評価とその後

影響と位置付け

「ジャンルの師」と「次世代の継承者」が並んだ一曲

Kool G Rap は「Nas が最も影響を受けたラッパーの一人」として自身のインタビューで名前を挙げている。「Fast Life」はその関係性を音として刻んだ記録で、二人のスタイルがどう共鳴し、どう違うかが3バースを並べて聴けばよく分かる。

G Rap の精密で情報密度の高い犯罪叙述と、Nas の個人的喪失感を交えた詩的な語り。同じクイーンズを出発点にしながら、全く異なるアプローチを取っている。それが一曲の中で交互に聞けるのが、この曲のいちばんの面白さだと思います。

アルバム『4,5,6』はその後 Kool G Rap がメインストリームから距離を置く前の最後の作品となり、G Rap 自身は以降アンダーグラウンドを中心に活動する。しかし「Fast Life」はヒップホップの資料として繰り返し参照され、マフィオソ・ラップの基準曲として各所で挙げられ続けている。

二人が Verse 3で交互にラインを交わす構成。あれを初めて聴いたとき、ちょっとやられた、という感じがした。

まとめ

  • fishscales / triple beams・payola・scramblers など、ドラッグ取引の専門用語が一曲にぎゅっと詰まっており、語彙の密度が高い。
  • 「life of Riley」のような古典的英語イディオムとストリート語彙が一行に共存する。語彙の振れ幅がそのままG Rapの技量を示している。
  • NasのVerse 2にはAAVEのhabitual be、実在するNY州刑務所の固有名詞、libationの文化的儀式が詰まっており、英語と文化の両面で学習素材になる。
  • Arm & Hammer(重曹ブランド)がクラック製造の隠語になるという転用は、日常品の名前が文脈によって意味を変えるという英語語彙学習の好例。
  • ジャンルの開拓者と次世代の継承者が一曲に並んでいるという歴史的文脈を知ったうえで聴くと、二つのバースの対比がより立体的に聞こえてくる。

もっと深く

背景を読む

制作の裏側・時代背景・評価の詳細は、各コラムで掘り下げている。

アーティストについて

Kool G Rap

Corona, Queens, New York · 1986–

本名Nathaniel Thomas Wilson。Juice Crewのメンバーとしてキャリアをスタートし、複雑な多音節韻(マルチシラビック・ライミング)とマフィア映画的な物語性を融合した「マフィオソ・ラップ」の始祖。1995年のソロデビュー作『4,5,6』(Cold Chillin' / Epic Street)は全米R&B/Hip Hopアルバムチャート1位を獲得。Nas、Jay-Z、Notorious B.I.G.、Eminem、Big Punといったヒップホップ史を代表するMCたちに絶大な影響を与え、「君のお気に入りのラッパーの"お気に入りのラッパー"」と称される。DJ Poloとのコンビ解消後のソロ第一弾「Fast Life」(feat. Nas)は世代間の松明の受け渡しを体現した歴史的共演として語り継がれる。

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