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Incarcerated Scarfaces — Raekwon 和訳・スラング解説

アーティスト
Raekwon
リリース年
1995
プロデューサー
RZA
収録アルバム
Only Built 4 Cuban Linx...
エリア
NY
BPM
87
サンプル元
Detroit Emeralds "You're Getting a Little Too Smart" (1973) / Koko Taylor "Wang Dang Doodle" (1966)

この記事の見どころ

  1. 01 1995年マフィオソ・ラップの頂点——RZAが2つの古典ソウルを張り合わせた怪物ビート
  2. 02 politic(動詞)・son(動詞)・Five Percent語彙など、Wu-Tang固有の言語を解説
  3. 03 スタテンアイランド=Shaolinという符丁とその背景文化

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解説

■「投獄されたスカーフェイスたち」へ

タイトルから既に映像が浮かぶ。1983年の映画『スカーフェイス』(アル・パチーノ演じる移民のドラッグ王ことトニー・モンタナの栄光と転落)を、ニューヨークのストリートに置き換えて複数形にしたのが「Incarcerated Scarfaces(投獄されたスカーフェイスたち)」です。

Raekwonがここで描くのは一人のギャングスターではなく、その運命を辿ったスタテンアイランドの無数の若者たちのこと。この記事は、そのリリックを英語学習とヒップホップ理解の教材として読み解いていきたいと思います。

■暗号的な言語が密集している

Raekwonのバースには、Wu-Tang Clan特有の暗号的な言語が詰まっている。「politic」を動詞として使う、「son」を動詞にして相手を格下扱いする、スタテンアイランドを「Shaolin(少林)」と呼ぶ。それぞれを知らないと、聴いていても意味が取れない。

でも裏返せば、ここを理解できたとき「ああ、あの一行はそういう意味だったのか」という快感がある。スラング学習の醍醐味そのもの。1995年リリース、プロデュースはRZA。収録アルバム『Only Built 4 Cuban Linx…』、通称「パープルテープ」は、90年代ニューヨーク・ハードコアの最高傑作のひとつとして今も語られる一枚です(本当にそう思う)。

ストーリーの流れ — まず曲全体をつかむ

投獄された Scarface、Raekwon がこのタイトルに何を込めたのか、まず曲全体の流れでつかんでおきましょう。全体像があると、各ユニットで一語一語を掘るときに立体的に見えてくる。

曲は映画のスキット風な会話から始まる。「彼は冷静で、殺し屋には見えない。夢を持っているような眼だ」。香港ノワール映画からのサンプリングで、これから語られる「投獄されたスカーフェイス」の人物像を先に提示する導入です。

Chorus。「time is runnin' out(時間が尽きる)、let's connect, politic, ditto(繋がり、語り合おう、そうだろ)」。反復するフックは焦燥と連帯の両方を帯びている。そして「incarcerated scarfaces(投獄されたスカーフェイスたち)」というパンチラインが落ちる。

Verse 1(Raekwon)。ストリートのスタイルが何百万もの人間を惹きつけると宣言し、Wu-Tangのパワーと Five-Percent Nation の思想語彙(scholars / Power)を散りばめながら、自分を「black Trump」に喩える富の宣言へと展開していく。暴力の匂いも消えない中、コネチカットへの言及でバースが閉じる。

Verse 2(Raekwon)。「Chef」(Raekwonの別名)のリリックが輝くと宣言したあと、ストリートのリアルが畳みかけられる。モエのシャンパンが「嘔吐みたいな味」という逆説的なステータス批判、Timberland(Timbs)とMAC-10(銃)でアジトに乗り込む場面、「battle for cash and see who sons who」という挑発、Wallabees(ウォラビーズ)へのこだわり……。そして「pardon the French, let me speak Italian / Black stallions wildling on Shaolin」でバースが締まる。イタリア語=ギャング語、Shaolin=スタテンアイランドという符丁が重なる、このアルバムらしさがぎゅっと詰まった一節です。

Verse 3(Raekwon)。「barber shop n***as(理髪店でたむろする普通の男たち)のためにラップする」という宣言から始まる。壊れたエレベーター、黄色いタクシーに乗せてもらえない場面(社会的摩擦のブラックユーモア)、「cooling like Kahlúas on rocks(カルーアロックのように冷静に)」。ストリートの日常が次々と出てくる。「I seen it / Like a 27-inch Zenith, believe it」でバースが閉じる。

※本ページは批評・教育目的で、解説に必要な範囲の断片のみを引用しています。全歌詞の対訳は掲載していません。

学ぶ表現 — スラング・韻・言葉遊び・AAVE

各見出しは「この曲から学べる英語表現」。各ユニットはまず上に英語の用例(1〜2行)を置いてあります。先に英語を音で追い、行のどこが学習対象かを確かめてから下の日本語解説に進むと、英語が苦手でも置いていかれません。

politic — 「政治する」ではなく「語り合う」

★ スラング/動詞
Raekwon(Chorus) ≈0:42

It's for real, though, let's connect, 動詞用法で「戦略的に語り合う・腹を割って話す」。ストリートでは政治的に賢く立ち回ることを指す , ditto

これは本気だ、繋がろう、語り合おう、そうだろ

▶ Chorusの中盤。繰り返されるフックの核心部分。

行の真ん中に来る politic。「政治」という名詞ではなく、動詞として使っているのが学習ポイントです。意味は「戦略的に話し合う、腹を割って語り合う、ビジネスと人間関係を整理する」といったもの。標準英語の discussnegotiate より口語的で、「ただ雑談する」より重みがある。ヒップホップ、特に1990年代ニューヨークのリリックでは動詞として頻繁に出てくる。すぐ後の ditto(「同じく・そうだろ」)は相槌の英語。これも会話表現として使える。let's connect, politic, ditto、この畳み方、「繋がって、話して、そうだろ?」という感じで覚えると入ってきやすいと思います。

語法 — どう使うか ▼

politic(動詞)の用法例: We need to politic before the meeting(会議前に腹を割って話す必要がある)、He's always out there politicking(あいつはいつも根回ししてる)。名詞 politics との混同に注意。動詞 politic はAAVE的用法では三単現でも形が変わらないことがあり(he politic)、リスニングで品詞の判断に迷ったら文脈で決める。

Scholars / word life / peace to Power — Five Percent Nationの語彙

★ スラング(思想語彙)
Raekwon(Verse 1) ≈1:18

Five-Percent Nationでは「知識を持つ者・神」を指す。Wu-Tangが好んで使う思想語彙 , 「本当に・誓って」という誓いの表現。word=truth(真実)という意味から来た , peace to Five-Percent Nationにおけるメンバーの称号のひとつ。またはWu-Tang仲間の名前の可能性も

学者たち(知識者たち)、誓って、Powerに敬意を

▶ Verse 1中盤、Raekwonが仲間への敬意を表す件。短いが密度が高い。

この3語にWu-Tangのコアな思想がぎゅっと詰まっています。まず Scholars。辞書では「学者」だが、Five-Percent Nation(ファイヴ・パーセント・ネイション)という思想運動の文脈では「知識を持つ黒人=神」を指す。RZAを筆頭にWu-Tang ClanはこのFive-Percent Nationの影響を強く受けており、リリックにそのまま思想語彙が入ってくる。次に word life。「life on my word(俺の言葉に命をかけて)」が縮まった誓い表現で、「本当に・マジで」というニュアンス。そして peace to Power は仲間への挨拶と敬礼。Five-Percent Nationでは「peace(平和)」が挨拶言葉として機能する。Wu-Tangのリリックはこうした思想語彙を知らないと別の言語を聴いているような感覚になる。でもひとつひとつはそんなに難しくない。

black Trump — 富の比喩が映す時代

★ 比喩/文化参照
Raekwon(Verse 1) ≈1:32

現金・稼ぎを指すスラング。bread / paper / loot と同義 be flowing by the hours / Yo, guess who's the 1990年代、Donald Trumpはビジネス界の成功者の代名詞だった。「黒いトランプ=黒人版のビジネス成功者」という自称

稼ぎは時間単位で流れ込む / さあ、誰が黒いトランプか当ててみろ

▶ Verse 1後半、RaekwonがWu-Tangの財力を宣言する件。上は2行、学習対象は下の行末。

下の行末 black Trump が今回の学習対象です。1995年時点でのDonald Trumpは、政治家ではなくニューヨーク不動産界の大物、つまり「金持ちの象徴」そのものだった。Raekwonはそれを「俺たちも同じくらい稼いでいる。黒人版トランプ=それが俺だ」という自称に使っている。こういう比喩はその時代の文脈を知らないと読み解けない。同じ「Trump」でも今の若いリスナーには全く違う像が浮かぶはずで、リリックの言葉は時代と一緒に意味が変化することを実感できる好例だと思います。上の行の dough be flowingbe AAVE(アフリカ系アメリカ人英語)特有の文法。「いつも〜している」「常に〜の状態だ」という恒常的・習慣的な状態を表す。三単現でも-sを付けない原形のまま 、「(いつも)流れ込んでくる」という恒常的な状態を示すAAVEの文法形式。

語法 — どう使うか ▼

Habitual be(習慣のbe): 標準英語 The money is always flowing → AAVE The money be flowing。主語の人称・時制に関わらず原形 be を使い、「繰り返し・恒常的に起きている」ことを示す。現在進行形(is flowing=今まさに流れている)とは意味が違うので注意。ヒップホップリスニングで「be + 動詞ing」が来たら、まず habitual be を疑う。

see who sons who — son を動詞で使う

★ スラング(動詞)
Raekwon(Verse 2) ≈2:28

Do you wanna battle for cash and see who 動詞:相手を「息子扱いする」=格下に見て圧倒する。ヒップホップバトル文化の常套句 who?

現金を賭けてバトルし、どちらが相手を子供扱いするか見ようぜ?

▶ Verse 2中盤、他のラッパーへの挑発。行の後半「see who sons who」が学習ポイント。

「…see who sons who?」。この sons が動詞なのに気づくのが今回のポイントです。名詞「息子(son)」を動詞化して、「相手を息子のように扱う=格下にして圧倒する」という意味になる。ヒップホップのバトル文化では頻出の語で、「I'll son you」なら「お前を子供扱いしてみせる」という宣言。英語ではこういう「名詞を動詞として動かす」使い方( 名詞を動詞として使う言語現象。英語では非常に一般的で、ヒップホップ・AAVEではさらにその自由度が高い )が非常に自由。AAVE・ヒップホップではその傾向がさらに強く、名詞・形容詞・固有名詞が動詞化されるのが日常的です。前半の battle for cash(現金を賭けてバトル)は、当時のフリースタイルバトル文化を知っているとより生々しく聞こえてくる。

Wallabees — Wu-Tang の足元

★ スラング/ファッション文化
Raekwon(Verse 2) ≈2:55

Here's the policy, slide off the ring, plus the Clarks(イギリスのシューズブランド)のWallabee(ワラビー)モカシンシューズ。Wu-Tang Clanが愛用し、90年代NYハードコアHHの象徴的フットウェアになった

これがルールだ、指輪は外せ、ウォラビーズもな

▶ Verse 2終盤。行末の Wallabees が学習ポイント。

行末に来る Wallabees はイギリスのシューズブランド Clarks の定番シューズ「Wallabee」のこと。Wu-Tang Clanがこれを愛用したことで、1990年代ニューヨーク・ハードコアの象徴的フットウェアになった。C.R.E.A.M. の「'Lo goose(ポロのダウン)」と同じ構図で、本来マスマーケット向けの実用シューズを、ストリートが独自のアイコンへと昇華させた例です。ファッションアイテムの固有名詞がそのままリリックに入ってくるのはヒップホップの定番で、知っているか知らないかで情景の解像度が全く違う。前半の slide off the ring は「(喧嘩に備えて)指輪を外せ」という意味で、ここでは「うちのルールに従え」という脅し文句として機能している。slide off は「(外して)取り去る」という句動詞。今もスラングで「場を離れる・立ち去る」という意味でよく使われる表現です。

pardon the French, let me speak Italian / Black stallions wildling on Shaolin

★ 言葉遊び/地名符丁
Raekwon(Verse 2) ≈3:03

And pardon the French, but let me speak Italian
黒い野生馬。Wu-Tang Clanメンバー自身を指す比喩 wildling on Wu-Tang Clanがスタテンアイランドに付けたコードネーム。香港カンフー映画『少林と武当』(1983)に由来 もう一度タップで詳細 →

フランス語(品のない言葉)は許してくれ、でもイタリア語(ギャング語)で話させてもらう / スタテンアイランドで暴れるブラック・スタリオン(黒い野生馬)たち

▶ Verse 2のクライマックス。このアルバムの本質が凝縮された2行。

この2行がこの曲でいちばん好きな場所かもしれない。まず pardon my French(「フランス語をお許しを」)という英語の 慣用句。単語ひとつひとつの意味を足しても全体の意味にならない表現のこと を知っていますか。下品な言葉を使う前に「失礼しました」と前置きする定型表現です。Raekwonはこれを逆手に取り、「フランス語ならともかく、俺はイタリア語(=マフィア語・ギャング語)で話す」という形に変えた。Italian はここで「イタリア語」というより「マフィア/ギャング・スタイル」のメタファー。アルバム全体が映画『スカーフェイス』や香港ノワールに影響を受けたコンセプト作品なので、この一言がアルバムのテーマ宣言として機能する。そして次の行の Shaolin。スタテンアイランドのコードネームで、Wu-Tangが香港カンフー映画「少林と武当(Shaolin and Wu Tang、1983)」の世界観を島に重ねて付けた。「Black stallions(黒い野生馬)wildling(暴れる)on Shaolin」。自分たちを野生の黒馬に喩えて、その島で暴れまわっているという宣言だ(かっこいいと思う)。

語法 — どう使うか ▼

Pardon my French は「今から品の悪い言葉を使います、ご容赦を」という前置きの慣用句。なぜ「French」かは歴史的な英仏関係の文脈で諸説あるが、口語では悪口・強調語の前に軽く挟むのが定番の使い方。Excuse my French, but this is completely wrong(失礼だが、これは完全に間違いだ)のように使う。Raekwonはこれを「フランス語じゃなくてイタリア語だけど」という形で崩している。元のイディオムを知っていないとこのひねりに気づけない。

like Lou Ferrigno on coke — 文化参照で強さを語る

★ 比喩/文化参照
Raekwon(Verse 3) ≈3:42

n***as, yo, they be folding like envelopes
Under pressure, like ルー・フェリニョ。1977〜1982年のTVシリーズ『信じられないほど巨大なハルク』でハルクを演じた俳優兼ボディビルダー on coke

ヤツらはプレッシャーで封筒のように折れていく / コカインをキメたルー・フェリニョ(ハルク)のような力で

▶ Verse 3前半。Raekwonが対抗相手の弱さと自分の強さを対比する件。

上の行に注目。「they be folding like envelopes」。fold は「折る・折れる」という動詞で、ここでは「プレッシャーに負けて崩れる」という比喩。ポーカーで「fold(フォールド)する=諦めて降りる」の用法も重なっている。封筒のようにパタンと折れる、この視覚的なイメージが一発で入ってくる。対比に来るのが下の行。Lou Ferrigno(ルー・フェリニョ)は1977〜1982年TVドラマ『信じられないほどのハルク(The Incredible Hulk)』でハルクを演じた俳優兼ボディビルダー。「コカインをキメたハルク並みの強さ」という誇張比喩で自分たちの力強さを語っている。当時のポップカルチャーの人物を比喩に使うのはヒップホップの定番技法で、時代を知らないとなぜその名前なのかが分からない。文化の辞書が厚いほど、リリックが聞こえてくる。

27-inch Zenith — テレビが「目撃証明」になる

★ 比喩/物質文化
Raekwon(Verse 3) ≈4:08

Word up, cousin, n***a, I seen it
Like a 27-inch Zenith Electronics:アメリカの老舗テレビブランド(現在はLG傘下)。1990年代に黒人家庭に広く普及したブラウン管テレビの代名詞 , believe it

本当だぜ、俺はそれを見た / 27インチのZenithテレビのようにくっきりと、信じてくれ

▶ Verse 3の締め。Raekwonがリリック全体の証言者としての立場を宣言する件。

下の行「like a 27-inch Zenith, believe it」。Zenith は1990年代に黒人家庭に広く普及していたアメリカのテレビブランド。27インチのブラウン管テレビは当時としては大型で、画像がくっきり鮮明だった。つまりこの比喩は「俺の証言は、あのでかいZenithのテレビ画像くらい鮮明で本物だ」という目撃証明の表現。ストリートの語り部(MC)が、自分が語ることの真実性を宣言する締め方として機能している。ヒップホップのリリックで具体的なブランド名・型番が出てくるとき、そのモノが「そのコミュニティにとって何を意味するか」を知ると一気に解像度が上がる。Zenith を別ブランドに入れ替えても意味は通じるが、そのリアリティは全く違う。直前の Word up は「本当に・誓って」という誓い表現で、上のユニットの word life と同じ語源(word=truth)から来ている。

文化的背景

Mafioso Rap

映画をラップに持ち込んだ「マフィオソ・ラップ」の発明

1995年頃から台頭した「Mafioso Rap(マフィオソ・ラップ)」。映画『スカーフェイス』『ゴッドファーザー』『グッドフェローズ』的な世界観をヒップホップに持ち込み、犯罪者のライフスタイルを緻密に描くスタイル。Raekwonの『Only Built 4 Cuban Linx…』はその代表作であり、このスタイルを体系化した一枚と言っていい。

ストリートの現実を語りながら、映画的な物語性とキャラクターの深みを兼ね備えている点が、単純な「ギャングスタ自慢」との違いなんですよね。後にJay-Z・Nas・Pusha Tへと受け継がれていくスタイルの源流がここにある。

Shaolin(少林)= スタテンアイランド

孤立した島が生んだWu-Tang独自の宇宙

ニューヨーク5区の中で、スタテンアイランドだけが地下鉄に繋がっていない。フェリーがないとマンハッタンにも行けない。この地理的な孤立が、独自のスラングとハングリー精神を純粋培養した。

RZAたちは香港カンフー映画「少林と武当(Shaolin and Wu Tang、1983)」の世界観を島に重ね、スタテンアイランドを「Shaolin(少林)」と呼んだ。「Incarcerated Scarfaces」の最後には「That means the island of Staten」という一行が入っている。リスナーへの解説としてあえて露骨に補足しているあたり、当時まだShaolin=スタテンアイランドという符丁が浸透していなかった証拠でもある。

Five-Percent Nation

Wu-Tangリリックを読む鍵——思想語彙の早見表

Five-Percent Nation(ファイヴ・パーセント・ネイション、別名: Nation of Gods and Earths)は1964年にニューヨークで設立された思想運動。Wu-Tang ClanのメンバーはほぼFive-Percentの影響下にあり、リリックに固有語彙が大量に混入している。

God / Asiatic Black Man 自分自身(黒人男性)を指す自称。「神=自分」という思想
Earth 女性を指す敬称(大地・母)。Old Earth=母親
Knowledge / Wisdom / Understanding 知・知恵・理解の三位一体。コード番号が1/2/3に対応
Scholars 知識を持つ者、Wu-Tang的には仲間・同志
word is bond 「言葉は誓いと同じ」という約束の表現。word life / word up も同系
peace 挨拶言葉。「peace to ~」=「~に敬意を」

サンプル・制作の裏側

サンプル元

Detroit Emeralds × Koko Taylor——2枚の古典を張り合わせた怪物ビート

「Incarcerated Scarfaces」のビートは2つのサンプルから成り立っている。ひとつはDetroit Emeralds「You're Getting a Little Too Smart」(1973)、R&Bグループ Detroit Emeralds のソウルトラック。もうひとつはKoko Taylor「Wang Dang Doodle」(1966)、Chicago Blues の女王 Koko Taylor が歌った Howlin' Wolf のカバー曲です。

1970年代ソウルと1960年代シカゴ・ブルースを張り合わせて、1990年代ニューヨークのハードコアに仕上げる。RZAのサンプリング感覚はやっぱり面白い。単なる「古いレコードを借りてくる」のではなく、全く異なる時代・ジャンル・地域の音を組み合わせて、原曲のどこにもなかった薄暗さと重力を生み出している。E-mu SP-1200(ドラムマシン兼サンプラー)の粗いビットレートが、逆にその質感をさらに強調した。

制作背景

「パープルテープ」と映画的コンセプト

収録アルバム『Only Built 4 Cuban Linx…』は通称「パープルテープ」。当時珍しかった紫色のカセットテープでリリースされた。紫はヘロインを想起させる色とも、王族の色とも読めるが、どちらにしてもこのアルバムの演出への意識の高さを示している。

RZAは各バースでRaekwonとGhostface Killahに具体的なシーン・キャラクターを指示してラップさせたと言われており、このアルバムはむしろオーディオドラマに近い。「Incarcerated Scarfaces」の冒頭スキットも、その映画的なアプローチの一環。ちなみにこの曲は「Ice Cream」シングルの B面として1995年9月25日にリリースされている。

評価とその後の影響

アルバムのチャート成績

『Only Built 4 Cuban Linx…』の記録

US Billboard 200 最高4位 ハードコアHHとしては異例のメインストリーム浸透
US Top R&B/Hip-Hop Albums 最高2位 イーストコーストHHの最前線として評価
初週売上 約130,000枚 当時としても強力な初動
RIAA認定 Gold(1995年10月) リリースから約2ヶ月で金認定

後世への影響

Raekwonが切り開いたもの

「Incarcerated Scarfaces」とこのアルバム全体が提示した「映画的ストーリーテリング×ストリートリアリズム」のフォーマットは、その後のヒップホップに長い影を落とした。Jay-Zの『Reasonable Doubt』(1996)、Noreagaの作品群、そして2000年代のPusha Tに至るまで、マフィオソ・ラップの系譜は脈々と続いている。

Ghostface Killahが全曲に近い形で参加しているこのアルバムは、デュオプロジェクトとしての実験でもあり、後の「コラボアルバム」という形式を先取りしていたとも言える。

  • Jay-Z 『Reasonable Doubt』(1996)でマフィオソ・ラップをさらに洗練させ、自らの「ラッパー×ビジネスマン」像を確立。Raekwonのスタイルが下敷きのひとつになっている。
  • Pusha T コカインのライフスタイルを緻密に語るスタイルを21世紀に引き継いだ最右翼。Clipse時代からRaekwonをリファレンスに挙げることが多い。
  • Ghostface Killah このアルバムでのパートナーシップが彼自身の『Ironman』(1996)へと繋がる。二人のケミストリーはその後も続き、2015年の『Twelve Reasons to Die II』まで共作が続いた。

まとめ

  • Detroit EmeraldsとKoko Taylorという全く異なる時代・ジャンルの2枚を張り合わせたRZAのビートが土台。
  • politic(動詞)・son(動詞)・Scholars・word life・Shaolin。Wu-Tang固有の言語を知ることで、リリックの密度が一気に上がる。
  • 「pardon the French, let me speak Italian」はこのアルバム全体のコンセプト宣言。マフィオソ・ラップの核心が2行に収まっている。
  • Lou FerrignoもZenith TVも、知っているか知らないかで情景の解像度が全く違う。文化の辞書を厚くすることがリリック読解の近道だと思います。

もっと深く

背景を読む

制作の裏側・時代背景・評価の詳細は、各コラムで掘り下げている。

アーティストについて

Raekwon

Staten Island, New York · 1992–

Wu-Tang Clanのメンバー、本名Corey Woods。1995年のソロデビュー作『Only Built 4 Cuban Linx...』でマフィオソ・ラップというサブジャンルを確立した。映画『スカーフェイス』を下敷きにした映画的世界観とGhostface Killahとのコンビネーション、RZAの地下スタジオで生まれたダーティなブーンバップが融合し、東海岸ハードコアの新たな頂点を築いた。「Cuban Linx」はヒップホップ史上最も重要なソロアルバムの一つとしてローリングストーン誌ほか各メディアで評価されている。

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